モイライの糸 6

目次 前頁へ バラの道標 高橋のアリバイ 自己嫌悪 バーのカウンターにて 次頁へ

 

 

【バラの道標】

 
早い時間だった所為か、モール内は人もまばらで静かだった。
思えば、昨日ここに来た時は自分のアリバイを作ることに必死だった。
まさか真犯人のアリバイを崩す為に来るとは、夢にも思わなかったな。
というか、ぶっちゃけ俺寝てないから夢も見れないけどね。
……面白くないなぁ、キレが悪い。
そんな事を考えていたら、目当ての花屋はもうすぐそこだった。

 
昨日と同じように、店先にはバケツに入った菊の束やポピーなどが並んでいた。
昨日の店員さんが居るといいなぁ……。
覗いてみると、幸いにも見覚えのある昨日の人が、忙しそうに動いていた。
どうしようか、何と声を掛けていいものか……。
ここは腕の見せ所、俺は少し考えて声を掛けた。
 
「あのー、おはようございます……」
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「実は、昨日ここで買い物をした後輩が忘れ物をしたというので、代わりに伺ったのですが……」
我ながらナイスアイディアだ。
店員はきょとんとした顔をしつつ、答えた。
「昨日はどなたのお忘れ物も無かったと思いますが……」
ッチ!
一個くらいあると思ったんだけどな。

まあ、無くても良いか。
そういえば、高橋は昨日黄色いバラを探している様子だった。
よし、もう少し食い下がろう。

 
「昨日の夕方なんですが、背は私より少し高めの男性です。確か黄色いバラを探していたと思うのですが……」
すると店員はパッと表情を明るくして答えた。
「ああ、覚えてますよ!ブーケにしてお持ち帰りになった方ですね?確かに夕方頃お見えになりました」
覚えていた事は、正直ありがたかった。
「そうです、彼です。その時たぶん落としたと言ってるんですが……、無かったですか」
店員は宙を仰ぎつつ腕組をして考えている。

「閉店後のお掃除も私がしましたが、別段特別なにも落ちてませんでしたよ」
そりゃそうだ、俺の作り話だもん。
俺は構わず続けた。
「そうかー!あいつ何処に落としたんだろうなー……。

そうだ、その前後彼が何処に居たか、何か言いませんでしたか?大事な資料なんで、今から探さないといけないんです」
咄嗟に出た話にしては上出来だ。
すると店員は、疑いもせずに教えてくれた。
 

「彼は、ここに来る前に一軒花屋さんに行ったと言ってましたよ。

何でも黄色いバラがなかったそうで、モールならば置いてるんじゃないかとそこからお電話がありました。

その後お見えになられたので、良く覚えてますよ」
ん?もう一軒行ってたのか。
となれば問題は、その花屋の場所と電話の時間だ。
「それは、何時ごろですか?」
最早落し物とは関係ない質問だったが、店員はすぐに教えてくれた。
「電話があったのは3時半頃です。今から行かれるなら、住所お教えしましょうか?」
「お願いします」
教えてもらった花屋は、驚く事に会社のすぐ近くだった。
ふむ、これなら会社で犯行に及んでも充分間にあうはず。
ますます怪しいな……。
俺は、簡単にお礼を言うと早速教えられた場所へ向かう事にした。
 

  

【高橋のアリバイ】

 
俺は、半ば確信していた。
電話が3時半。
犯行予想時刻は3時10分から3時40分程。
会社から花屋までは5分と掛からないはず。
会社で春岡を手に掛けてからでも充分に間にあう。
俺は、スムーズに推測が当てはまっていく事に少し薄ら寒い恐怖を感じながら、誰かが敷いたレールの上をなぞるように、黄色いバラの道しるべを辿って行った。
 

会社のすぐ裏手に、目指す花屋は佇んでいた。
あまり普段意識した事は無かったけど、こんな所にあったんだな。
少し緊張を覚えながら、薄暗い店内へ入った。
「あれ?どうしたんですか川崎先輩!」
初めて入るはずの店で、馴染みの声を聞いた。
それは、高橋だった。
  
思ってもみない人物に出迎えられた俺の心臓は、ドンと音を立てた。
彼はレジの横にある小さな椅子に腰掛けて、店主と思われる男性と話をしている様だった。
「あ、あれ?どうしたの。今日お前、休みじゃなかったの?!」
素っ頓狂な声で問う俺、情けねぇー。
「昨日とてもお世話になったんで、お礼に来たんです」
ハァ?
「実は……昨日は妻の誕生日だったんです。

それで、彼女の好きな黄色いバラの花束を贈りたくてこのお店に買いに来たんですが、売り切れてたんです。

残念がってる僕をみて、モールの花屋さんならあるんじゃないかと電話して貰ったんですが生憎その時は繋がらなくて……。

そのままここで暫く世間話をしていたら、すっかり意気投合しちゃったんですよ」
ハ、ハァ?!
ずっと喋ってたって?!
あんぐりと口を開けた俺を尻目に、高橋は続けた。
 

「思わず時間が経ってしまって。家では妻が料理を作って待っているし、慌ててもう一度連絡取ってもらったら今度は繋がりまして、それでモールの方に走って行ったんです」
「あ、じゃあ昨日やたら急いでたのは……!」
「ハイ、もう焦っちゃって!僕も急いで出てきちゃったものでお礼もロクに出来なかったんで、今日改めてお礼に来たんです」

「それじゃ、やたらビックリしてたのはどうして」

「だって、花を買うってちょっと恥ずかしいじゃないですか」

高橋は照れたように頭を掻いた。
「じゃ、じゃあ、お前昨日どんだけここに居たの?」
すると今度は高橋の代わりに、店主がにこやかに答えてくれた。
「お出でになられたのは3時頃で、お電話をして送り出したのが3時半でした。」
のんびりと茶をすすりながら話す二人を見ながら俺は、自分の仮説が全て無に帰った事を知り呆然と立ちすくんだ。

 

 

【自己嫌悪】

 
すっかり高橋が真犯人だとばかり思っていた。
俺の仮説は振り出しに戻ったと言う事か。
「じゃあ俺、失礼するわ……。お疲れさん」
気の抜けた言葉を掛けた。

「あれ、先輩何しに来たんですか?」
思わぬ質問に俺は慌てた。
「え、ええ?!いや……俺は……」
お前のアリバイ確かめにきたんだよ!
しかしそんな事、言え無いよなぁ。
「いや、……用事思い出したから」
目の前のほっこりした情景にすっかり出鼻を挫かれ、陳腐な言い訳しか出来なかった自分にもガッカリだ。
俺は肩を落としながら花屋を出て、重い足取りで歩きながら考えた。
 

俺はスッカリ、犯人なら俺と同じような行動をするものとばかり考えていたんだよな。
そうなんだよ。
別にモールへ目撃者作りにわざわざ行かなくてもいいんだよなぁ。
そのまま逃げたっていいし、逆に、誰にも見つからなくってもいいんだ。
 

犯人が俺のようにビビリじゃ無い可能性も考慮するべきだよな。
俺は、捕まったら死刑になるんじゃないかと怯えきって、とてもじゃないけどじっとして居られなかった。
目を閉じなくても現れる、春岡を突き飛ばした時のフラッシュバックが怖くて堪らなかった。
しかし、冷静になって考えれば、あのとき本当に春岡が死んでいても、罪には問われるだろうが、まず死刑になる事はないんじゃないか?
そんな事を考えてると、自分の調子の良さに軽い嫌悪感が湧いた。
 

自分が直接殺したんじゃないと思っただけで、こんなにも頭が切り替わるだなんて……。
いや、そいつが殺す事になった切欠を作ったという事実に変わりはないんだ。
そう、俺には責任がある。
誰だか分からないがそいつの前に、意識の無い春岡を用意したのは自分に他ならないからだ。
だからこそ、その哀れな犯人が知りたい。
しかし、ついさっきの花屋で、俺の推理は泡となった。
 
ああ、やっぱり俺には分からないよ!
探偵でもないし、素人がバタバタ走り回ったってこんなもんだ。
それに、ウチの会社には、春岡を恨んでいる奴なんて沢山居る。
いやむしろ、恨んでない奴なんて居ないよ……トホホホ……。
 

そうだ。
もしかしたら、既に会社では真犯人が警察に捕まっているかも知れない。
何か俺の知らない噂が聞けるかも知れないし。
そう考えた俺は、トボトボと会社へ向かった。
公園にはちらほらと弁当を持ったOLが見える。
もう昼時か……。
意気消沈した俺の背中には、昼の日差しが少々堪えた。
 
全く食欲も湧かないけど、どうしよう……。
そんな事もぼんやりと考えながら歩いていた。
すると、入り口にはテレビカメラを抱えた人たちが思い思いに陣取っていた。
予想はしていたが、実際に居る所をみると少しうんざりする。
しかし会社へ行かないと始まらないんだよね。
意を決し、斜め下を向いて視点を固定しつつ早足で歩き出した。
すると、俺に気が付いたリポーター数名がマイクを持って駆けてきた。
 

「こんにちは、ちょっと宜しいでしょうか?!」
よくない。
「春岡雅司さんが亡くなられたことはご存知ですか?!」
知ってるよ!
「どの様な原因で亡くなられたと思われますか?!」
知るか!
「どなたが犯人だと思われますか?!」
俺じゃない!
 
一切の質問に応じず、俺は持っていた鞄で顔を隠した。
……そのうち捕まると思うと、堂々とカメラに顔を晒すことは出来なかった。
警備員がこっちを向いて立っているのが見える。
勿論顔見知りだ。
気が付いて駆けてきてくれた。
会社の大きな通用門は閉ざされていたが、警備員と四苦八苦しながらやっとの思いで少し開け、体を横にして中に入った。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、とんでもないです」
短く言葉を交わし、その場を後にした。

 
テレビも沢山来てたな……。
一度は殺したと思っていた。
罪悪感で押し潰されそうになっていたが、真犯人が居ると分かって俺は少し浮かれていた。
しかしこの大騒ぎを見ていると、自分のしでかした過ちに改めて気が付く。
原因を作ったのは俺なんだ。
俺の中で、犯人探しの意欲が急速に萎んでいくのを感じた。
 

 

【バーのカウンターにて】

 
時は遡る。
 
君江は、絶望の中に居た。
「ま、雅司さん……。結婚してくれるって言ったじゃない……?!」
春岡雅司は、目の前の薄幸そうな女に辟易していた。
「俺はさ、もっと恋愛って楽しまなければイケナイと思うワケよ。正直重いんだよね、お前」
指先でグラスから垂れ落ちた雫を弄びながら吐き捨てた。
溢れる涙を拭きもせず、彼女は隣の男の腕を揺すった。
「私たち、もう29よ?!世間ではもう若くないわ……。お願い、嘘だと言って」

メロドラマの様な台詞の応酬を、カウンターの向こうのバーテンはどれだけ見てきたのだろう。
薄暗い店内には数組の客がいたが、その誰もがこの会話に聞き耳をたてていた。
シカゴブルースが切なく響く店内にはバドのネオン。
女の前のブルー・マルガリータは手付かずだ。
男のバーボンは、既に水っぽくなっていた。

「あのさ、男は30からなんだよ。正直その暗ーい顔も飽き飽きなんだよね」
女の方を見もせずに、面倒臭そうに言った。
「直せるところは直すわ。一所懸命努力するから……」
その台詞が終らない内に、男は財布から一万円札を出すと、女に握らせた。
「お前もさ、急がないと次の男見つかんないぜ?じゃあな、オバサン!」
口の端を歪ませながら言うと、女を置いて店を出た。
「もう……、会社にも居られないじゃない……」
握り締めた一万円札に、アイメイクで色づいた大粒の涙がぽたり、ぽたりと落ち続けた。

  

 

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