モイライの糸 1

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【運命の女神】

 

モイライ
 
それは運命の女神
 
 
見えない糸に導かれ
 
翻弄される
 
 
それがきっと
 
人間というものだろう

 

 

【川崎修一】

 

人生には波がある。

そうは思わないかい?
俺は川崎修一。
地元では結構大手の会社「春岡フード」に勤めて五年目の営業マンだ。
最近サッパリついてないんだよね、俺!
 
つい先月の話だけど、女と別れた。
取引先の受付嬢で、名前は陽子。
合コンで女の子をセッティングして貰ったのがきっかけだった。
 

可愛い子を揃えてくれって言ったんだぜ、俺。
なのに、一番可愛いのは陽子だったってオチ。
ま、俺に気があるの知ってたし、そんなしたたかな所も何だか可愛く思えてさ。
その日のうちに美味しく頂いちゃったのが付き合いの始まりだ。
だって、据え膳は喰わないとね。
 
しかし、珍しく本気になっちゃったんだよねー。
そんなつもりは全く無かったんだけど。
 
毎日気になってしょうがなくって、電話やメールもマメにやってたんだけど、彼女はそういうの駄目だったみたいでさ。
付き合って半年も経たないウチに、あっさり振られちまったんだ。
俺って、割と切り替えが早い方だと思ってたんだけど、そうでも無かったみたい。
それ自体もショックだよ……!
 
こういう時って女の方が切り替え早いよなぁ。
さっさと次の男に乗り換えたらしい。
噂によると、どうやら俺と時期が被り気味……。
やってられないよ。
 
他にも、こんな話があるんだ。
つい先日の事なんだけど、聞いてくれる?
 
根回しがやっと効いたのか、大口の契約が取れそうだったんだけど、目の前でその契約見事に持って行かれちゃったんだ。
泥棒の名は春岡雅司、俺の上司だ。
俺はとにかくこの男が大嫌いだ。
俺の会社名覚えてる?
 
「春岡フード」
 
そう。この春岡雅司は、社長の次男坊。
親族経営の会社って多いけど、どこもこんなに露骨なもんなのかねー!
次長の井口さんの部下で入って来たらしいけど、今は課長。
あっという間に僕が部下になっちゃったよって、井口次長言ってたっけな。
生まれには逆らえないもんね、どう足掻いたってさ。
 
このボンボン春岡、調子が良い事この上ないんだよね。
しかも小ずるい奴で、信用ならねぇ!
俺が取ってきた契約も、いつの間にか春岡が取ってきたようになってる摩訶不思議。
部長がまた、コイツの姉さんだから性質悪いよなー……。
 
「プレゼンは俺がするから」
 
おいっ!良い所を持ってく気満々じゃん!
で、この契約は無事奴のモノに。
その結果社長からは特別に金一封だってさ。
それは俺ンだっての。
ちくしょう!

 

 

【春岡の呼び出し】

 
春岡課長が、俺を呼んでいる。
薄曇りで若干蒸し暑かった。
今日は日曜だってのに出社してる俺。
この日じゃないと打ち合わせできないって取引先の、我侭の所為だ。
午前中のウチに終ったのは助かったけど、帰ってきた所を春岡に捕まってしまった。
 
「あ、川崎君、オッツー!」
 
軽い男だ……。
ま、俺ほどでもないけど。
 
「あ、ども」
 
とりあえず会釈をして取り繕った。
 
「あのさ、後でちょっと相談があるんだけど良い?」
 
正直嫌だ。
多分俺から掻っ攫っていった例の大口取引の件だから。
何で今更俺がまた苦労しなきゃなんないんだよ、トホホホ……。
 
手柄独り占めなんだから、その後の調整とかトラブルくらい責任もってやれよ!
そう思っても、口が裂けても言えない。
哀しいサラリーマンだよ、ははは……。
ま、そんな細かい調整なんて、そもそも課長の仕事じゃないけどね。
現場の仕事に口を挟まれるのも困るし、俺が出たほうがいいんだろう。
仕方ないな。
 
「分かりました。何処で?」
 

俺は釈然としない気持ちを抑えつつ、了承した。
 

「あ、そんじゃ3時に倉庫の階段な」
 

ウチは食品を扱う会社で、大きな食品用の倉庫が事務所の裏にある。
屋上に上がれる非常階段の途中にある踊り場は、喫煙者の休憩所になっている。
喫煙所といっても、パイプ椅子と小さな机、そして円柱の灰皿が置いてあるだけだ。
 
禁煙が叫ばれる昨今、何処の会社でも屋内禁煙は常識となって久しい。
当然我が社も、ご多分に漏れず屋内は禁煙だ。
会議室など、ちょっと前まで打ち合わせやプレゼンの度に紫に煙ったものだ。
今や喫煙しながらの打ち合わせは、この四畳半ほどの小さな憩いの場だけだ。
そのため、喫煙者には人気の打ち合わせスポットになっている。
 
「分かりました」
 
そう言ってチラリと腕時計を見た。
2時……、あと一時間。
潰すには長く、他の事をするには短いものだ。
仕方なく俺は、事務所で名刺の整理でもして時間を潰すことにした。
 
 
「お疲れさまでーす!」
 
事務所に戻ると、事務員の原久美と関口庄子が居た。
 
「あれ?どうしたの今日は」
 
「関口と一緒に買い物してたんです、例のショッピングモールで」
 
その一言で、俺の気持ちは一気に沈んでいった。
実は、先日横取りされた取引先はそのショッピングモールなのだ。
まあ、彼女たちに罪はない。
俺はその心を悟られないように、精一杯表情を繕った。
 
「あ、そうなんだー。で、何で事務所に来たの?」
 
「実は、関口が制服を忘れたって言うので、取りに来たんです」
 
原からそう言われた関口は、少し気まずそうに視線を下げて言った。
 
「洗濯しときたかったんでぇ……。ああ、もう原先輩ー?!言わないで下さいよぉ!」
 
思わず顔が綻んだ。
 
「あはは、そうだよなー!ロッカーから異臭騒ぎになったりしたら困るしな!」
 

「なんて事言うんですかぁ。そんなに臭く無いですぅ!」
 
他愛も無い話だが、沈んだ心に心地良かった。
名刺整理もしておきたかったが、俺は談笑して時間を潰す事にした。

 

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